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ブラジル体験を語ってもらいました

 1年間や半年間の語学、音楽、デザインの勉強、研修、あるいは日本語教師などのボランティアなどのために、沢山の人がブラジルにチャレンジしています。これまでにチャレンジした人は120人を越えます。
 これまでのチャレンジャーたちは、ボランティア・研修先で暖かく受け入れられ、各自の目標を定め活躍してきました。これからも、チャレンジャーたちはますます増えそうです。
 体験した人たちの報告を紹介しましょう。
 

チャレンジャー報告

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2013/02/20

医療を介して異文化コミュニケーション

Tweet ThisSend to Facebook | by CARLOS
医学生のFくんがチャレンジャーとしてブラジルの医療事情を研修

 異文化コミュニケーションといえば、英語など言葉を覚えることをす ぐに思い浮かべる。言葉以外にも相手の習慣を知り、こちらがその習慣 にあわせた行動をとったりすることも、ひとつの異文化コミュニケー ションであると思う。
 例えばブラジルでは挨拶のときがっちりと手を握り握手をし、頬を合わせたりする。もし日本でブラジル人とブラジル式の 挨拶ができたら、それだけで異文化コミュニケーションだ。それができたら、とても素敵なことだと思う。

目的

1.  医学生として、医療を通してブラジル社会や日系社会を見て みる
2.  ポルトガル語の勉強
3.  有名な観光地を訪れる

方法

1.  医学生として、医療を通してブラジル社会や日系社会を見て みる。産婦人科医になろうと思っているので、ブラジルの病院で産婦人科を中 心に見学、研修させていただく。ブラジルは貧富の差が大きい国なので、それぞれに応じた病院を見学させていただく。救急医療や日常診療なども見学。医学生と交流する。
2. ポルトガル語の勉強。日本で旅行ポルトガル語ぐらいは勉強しておいたので、現地で使ってみる。
3.  有名な観光地を訪れてみる。イグアスの滝かアマゾンがいい。

実践

1. 医学生として、医療を通してブラジル社会や日系社会を見てみる
 チャレンジブラジルに、サンパウロ日伯援護協会という日系社会の衛生管理局のようなところを紹介してもらった。サンパウロ日伯援護協会 が、私の見学するところを手配してくれた。サンパウロ日伯援護協会と は日系社会の会員に対し、様々な医療サービスを提供したり、老人 ホームを経営している。スタッフの衛生士(日本語を話す方)と一緒 に老人ホームに見学に行ったり、日系医師(日本語を話す方)と地方 (モジ・ダス・クルーゼス)の巡回診療に参加した。サンパウロ日伯援護協会が経営する日拍友好病院とサンタ・カーザ病院で産婦人科を見学、サンパウロ 大学(USP)では放射線科で画像診断を勉強した。出産費用を払うことができない貧しい人のために、無料で出産できるキリスト教関係の施設も訪問した。日本でいう助産婦さんが経営する出産所も訪問した。

2. ポルトガル語の勉強
 リベルダージという日系人が多く住んでいる所で暮らしていたので、 100%ポルトガル語ではなかった。買い物や食事をするときに、ポルトガル語を使う程度であった。会話をするときはなるべくポルトガル語を使うようにしていたが、結局、旅行ポルトガル語を抜け出すことができなかった。せっかくブラジルに行ったのに、現地の人と十分話ができなかったのは残念だった。耳が慣れてきて、何を言っているか少し分かるようになって帰ってきた。日本に帰ってきて早速、ポルトガル語を公文で習い始めた。

3. イグアスの滝
 アマゾン、パンタナール、イグアスのどこへ行くかで迷ったが、一番安全そうなイグアスにした(チャレンジブラジルのパンフレットの表紙にもなっている)。チャレンジブラジルの方たちに心配をかけるので、なるべくならツ アーを利用したかったが、高額であったし、個人で行かせていただいた。ブラジルまで行ったのに、観光一つもしないで帰ってしまっては勿体ないし、観光もひとつの勉強。バスに乗ったり、一人でホテルを探したりすることは刺激的。

評価

1. 医学生として、医療を通してブラジル社会や日系社会を見たり見学するにあたり重視したことは、第一印象でどんな疑問をもち、どんな感動をするかということです。また私の立場も産婦人科になりたいという点を軸に置き、内科から外科までなんでもかんでも見るということのないようにしました。
 貧富の差で、受けられる医療の質が歴然としていて、さばさばしていて気持ちいいほどでした。日本も近い将来ブラジルやアメリカのように、入る保険によって受けられる医療が変わるようになるといわれています。そういう時代になったときに、どのような医者であるべきか、今から考えておく必要性を痛感しました。
 出産に関しては、専門知識をもたない学生であり、ここで述べることは適切ではないので控えさせていただきます。サンパウロ大学で日本語を話せる医者と交流する機会がありました。違う国の同じ志を持つ同年代の方と話ができ、これからも関係を持てることは、私にとって非常に価値のある財産となりました。

2. ポルトガル語の勉強
 それほど話せたり聞けたりするレベルで現地に入ったわけではないの で、買い物と食事で不自由しない程度でした。もう少し聞き取れれば、内容の濃いものになったのにという場面に多く出会いました。

3. 有名な観光地を訪れる(イグアス)
 今まであんなに大きな滝を見たことがありません。これまでせいぜい那智の滝ぐらいしか見たことがなく、私としてはイグアスを見たということはとてもいい思い出になりました。那智の滝をエンピツで書いた線だとすれば、イグアスの滝はゴッホの絵。水が重力によって上から下に落ちるだけですが、イグアスの滝の圧力、圧倒的な存在感、立体感は日本の滝と全く異なっています。行った者にしか分からない体感をするこができました。

感想

  地球の裏側の国で空気を吸えただけも行った価値がありました。ブラジルの空気を吸い生活するだけで、驚くほどブラジルやブラジル人に対し親近感を持つことができた自分に驚いています。日本に帰ってきて、出稼ぎブラジル人に対する違和感がなくなり、こちらから話し掛けることができるようになました。頭でブラジル人はこういう挨拶の仕方をするんだと分かっていても、行動に移すことは難しいものです。しかし、ブラジルで1カ月過ごしただけで、自然とブラジル人に対し握手を求めることができるようになったのです。こういう行動の変化が表れてきたことは、今回のチャレンジのひとつの結果ではないかと評価しています。

 私にとって地球上にある多くの国のひとつから、とても身近な国になりました。知らないところに行ってみるだけで、その場所のことが気になったりする。とても当たり前なことです。実際その国を訪れるだけでなく、その国の情勢や歴史を知ることは、その国や国民に対しさらに親近感を持つことができます。出稼ぎに来ている人たちの日本での問題やブラジルに帰ってからの問題を考えることで、私の視野は広がると思います。さらに私自身が、ブラジル人に対し、日本の情勢、歴史、文化、医療など様々なことを説明できたら、人間の輪が広がっていくとも考えます。だからポルトガル語をもっと勉強しようと考えています。チャレンジを通じて、そういう当たり前のことが実感できました。

 ブラジルの医療を見させてもらい、思い出せないぐらいいろいろ学びました。私が未熟な学生なので、現場の医療について学ぶ点が少なかったのは事実です。しかし、ブラジルで老人ホームや病院、出産を見学して疑問に感じたことや感動したことはありました。それを私の中で消化していくのは、これからしなくてはならないことだと思います。

 今回の研修で、日常生活で知らず知らずのうちにしている多くのことを認識することができました。一つ一つの見学や出会いで、今回のチャレンジの成果を語ることは難しいです。点と点が結ばれ線になり、線と線がつながって平面になり、平面が立体になった時初めてあのときのチャレンジが実に成っていると思えるとおもいます。

 チャレンジブラジルの方々には参加費以上のサポートをしていただきました。また、多くの人に助けていただき充実した時間を過ごすことができました。本当にありがとうございます。この感謝の気持ちが他の人たちに循環させたいと思っています。

 今後私に続く日伯の医学生が出てくれたら冥利に尽きます。
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18:06 | ブラジル体験記