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おしらせ

おしらせ
12
2014/09/09

体験報告

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 体験報告を追加しました。
17:26
2013/05/10

文通事業を始めました

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日本とブラジル両国の生徒をつなぐ文通事業を始めました。詳しくは文通事業のページをご覧ください。
  絵文字:矢印 右 日本ブラジル文通事業
13:26
2013/02/20

ウェブサイトをリニューアルしました。

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NPOチャレンジブラジルは2013年春、ウェブサイトをリニューアルしました。皆さんからの質問にもウェブ上でお答えできるように、サイトを整えていきます。



17:07
2007/11/01

説明会報告

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説明会はブラジルより帰国中の鈴木理事長が、主に行いました。

<滞在中のチャレンジャーについて>
 これまでブラジルに送り出した人数は約60人になります。そして現在ブラジルに滞在中のチャレンジャーは8人です。各自、自分の目的を達成するため、努力されています。
 滞在先は、ベレン(NGOで折り紙、小物作りを指導)、東北部の小さな町で日本語の指導(日本人はほとんどいません)、リオ近郊でブラジル補修学校のボランティアをしている人の手伝い)、サンパウロで広告会社での研修、サルバドールでカポエラの練習と、さまざまです。
<ブラジルでの生活>
 ブラジルでの生活は、最近のドル安、円安の影響で、日本からの留学生の懐を直撃しています。3、4年前知比べ、円の勝ちは45%近くも下落しており、これまで4万5,000円もあれば1カ月暮らせたのに、今では6万円から6万5,000円ないと心細い思いをします。
 食事も日本食だと1,000円近くになり、バール(簡易食堂)で食べる安いブラジル風定食も350円はします。昔は、40円ぐらいで食べられました。それだけブラジルの経済かつが活発になり、レアル高になったということで、この傾向は当分、続きそうです。
<ブラジルの治安>
 治安は相変わらず悪く、ひったくりなども横行しています。そのためブラジルでの服装には十分に注意し、華美びならない(ネックレス、指輪などを身に着けるのはご法度)ジーパンにTシャツといった普段の服装が一番です。しかし、あまりにも服そうが汚いのは困りものです。それはブラジルの日系人たちが日本人への評価が下がるのを恐れるからです。従って、節度のある服装ということを心がけてください。
 幸いにしてこれまでお世話したチャレンジャー60人中、こうした被害に遭った人は2名しか下りません。1人は強盗事件の巻き添えを食い、腕時計(安物だったとか)を盗られた人と、海外でカメラを出してはダメと再三注意されていながら、カメラで撮影していてそれを盗られた人のの2名です。
 今狙われやすいのはパソコン、携帯電話です。くれぐれも注意してください。

 以上の他にボランティア先の説明、その種類などの他、ブラジルへ渡航する際の手続きなどの説明をして説明会が終わりました。約3時間でした。


16:47
2005/01/17

チャレンジャーたちが挑むサンパウロの近況

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 新年の休みを利用して、サンパウロを訪問してきました。真冬の日本から真夏のブラジルへ、激変した環境に体が適応するのにくたくたでした。今回の訪問は、チャレンジャーたちの受け入れ先の調査と、これから受け入れてもらう関係先への挨拶、研修中のチャレンジャーたちの実情を見るのが主な目的でした。

 (2005年当時で、現在は閉校中です)
 ブラジルはちょうど夏休み中とあって、町中にはあまり若者の姿はありませんでしたが、走る車のきれいなのに目を見張りました。一昔前までの車は、傷だらけで、エンジン音がうるさく、交差点に立っていると真っ黒な排気ガスに悩まされたものです。それが今回は全くありません。黒い排気ガスをはく車を見たのは、ヅットラ街道を走っていて、上り坂を今にも止まりそうに走っているトラックを1台見ただけでした。この一事を見て、ブラジルの経済力の急激な成長を実感しました。これからは中国、インド、ブラジルの時代といわれます。まさにこの現実を見せつけられる思いでした。

 そうした内容の変化に対して、東洋街の街並みは10年1日のごとく、同じ眺めでした。歩道は相変わらず凸凹が多く、東洋市が開かれる日曜日ともなると、東洋街のメーンストリートであるガルボンブエノ街は車が数珠つなぎになり、大渋滞です。

 今のサンパウロは車無しでは移動できないというのが実情です。これはサンパウロが広いからというのではなく、車でないとひったくりや強盗に会う確率が高いからです。わずかな距離でも日系人達は車を利用します。これは防衛のためであり、決してずぼらというわけではありません。ブラジルの唯一の欠点は、治安の悪さであり、これはますますひどくなりつつあるようです。チャレンジャーたちも十分に注意してもらいたいことの一つです。

 受け入れ先の一つであるコチア農学校も訪問しました。サンパウロから80キロほど離れたジャカレーにあり、車で1時間強の行程です。海抜600メートルほどの丘陵地帯にあり、元はJICAの農業移住者の研修所でした。事務所棟、宿泊施設、教室、実習農場、牧場、ビニールハウスなどが点在し、そこで中南米各国から来た農業研修生21人が学んでいました。
 ここでは農業の問題だけではなく、環境問題、農家の経営といったことも教えており、研修生達も、環境の改善に力を尽くしたいとか、進んだ農業を地元に普及したいなど、意欲的なところを語ってくれました。

 同学校では、実習としてチーズ、ヨーグルトなどの作り方も教えています。実際に作られたヨーグルトを味見してみたところ、新鮮で、ほのかな甘みが口の中に広まり、町中で売られているものよりおいしいと思いました。

 この農学校では、日本からの留学も歓迎しており、農業以外にポルトガル語の授業も行われています。田舎町ですから、遊ぶところなどはなく、ブラジルの大自然の中で、思いっ切り勉強できる環境です。ここではOくんが半年ほど研修していましたが、ポルトガル語以外はほとんど通じないとあって、全く話すことができなかったOくんが、帰るころには1人でブラジル南部を旅行できるほどに上達していました。語学は、その中にどっぷりと身をつけた方がよい、ということの証明です。

 もちろん、これ以外にもさまざまな報告事項はありますが、必要な方は問い合わせてください。分かる限りでご返事いたします。

                        
2005年1月17日
NPOチャレンジ・ブラジル事務局
事務局長 瀬頭明男

17:56 | NPOチャレンジブラジル
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