活躍するチャレンジャー
1年間や半年間の語学、音楽、デザインの勉強、研修、あるいは日本語教師などのボランティアなどのために、現在、 ブラジルにチャレンジしている人は、 男性5人、女性6人の11人です。
これからは、8月に3人がブラジルへ旅立つ準備を進めています。
これまでのチャレンジャーたちは、ボランティア・研修先で暖かく受け入れられ、各自の目標を定め活躍してきました。これからも、チャレンジャーたちはますます増えそうです。
女子大生Dさんの写真報告
珈琲や花卉栽培の研修をしていたDさんは帰国してから、写真を送ってくれました。主に滞在していた家庭の写真ですが、ブラジルの移住者たちの生活の一端をのぞける写真ですので、ここで紹介しておきましょう。

企業研修をしてきたSさんの写真報告
Sさんはブラジルの旅行代理店で研修をしてきました。留学中にブラジル各地を旅し、ブラジルの自然と思いきり戯れてきたそうです。その写真を紹介しましょう。

日本語教育に取り組んだK君
大学在学中のk君は、語学の学習、現地の人との交流を深めるため、ぺトロポリスで短期のボランティアをしていましたが、大学も始まり、初期の目的を終え、帰国の途につきました。詳しくは彼のレポートをお読みください。
ホームページの表紙の写真は、受け入れ先の人たちとの送別会の模様です。

帰国したKくんのポルトガル語レポート
帰国したK君がレポートを寄せてきました。研修の成果を誇るべくレポートは、ポルトガル語で書かれています。自信のある人は解読に挑戦してください。

帰国したN子さんの報告
N子さんは、サンパウロで語学学習とボランティアの生活をしていました。そのほかアシェを始めカポエイラ、パンデイロ、ダンス、水泳にも取り組み、とにかく忙しい毎日を送ってきました。
生活費が気になるチャレンジャーのために、N子さんがレポートを寄せてくれましたので、参考にしてください。

研修のかたわら和太鼓の練習に勤しんだS子さん

サンパウロ美術館
で翻訳作業とコレクションのリサーチのお手伝いをしていたS子さんも4月に帰国しました。
研修他に、毎週福岡県人会で和太鼓の練習をしたりして、ブラジルでの生活を有意義に過ごしました。上の写真は、福岡県人会での発表会の様子
Sさんの帰国後のレポートを掲載します。

アマゾン河口の町ベレンからW子さん帰国
ベレンでの生活に溶け込んで、楽しく研修、語学の勉強をしていたW子さんが、予定の期間を終え、帰国しました。ベレンでは、ポルトガル語の勉強、剣道クラブでの練習、30年以上前から貧しい家庭の子やストリートチルドレンの世話をしているNGO団体でのボランティアなどをしていました。下記は、w子さんが書いた、ベレンの体験談です。

Y君もサンパウロ近郊での
ボランティアを終え帰国
Y君はサンパウロに到着後、数日サンパウロで過ごし、ボランティア先であるピラール・ド・スールの日本語学校へ向かいました。日本語学校は同地区の日本人会が経営しています。Y君はそこで日本語教師のお手伝いするのが目的です。着いた当初は、冬休みで日本語学校が休みだったため、日本語学校に通う生徒の家にホームステイなどをして現地の人と交流を深めました。
1家庭3日ぐらいずつ泊まり歩いたそうです。ほとんどの家庭が農家なので、早朝に起床し、その家の人と農場を回り、家庭内では一世のお年寄りから移住当時の話を聞いたり、どっぷりと日系人移住者の中に漬かったといいます。
日本語学校の授業が始まると、Y君は補助教師としての生活を始めました。学校ではクラスの担当はなしです。宿泊は、学校横にある一戸建ての宿舎。朝から夕方まで日本語学校で働き、夜は地元の小学校に通ってポルトガル語を習得するという熱心さでした。
彼の場合、半年間の予定でしたが、滞在を2カ月延ばし、1月下旬に帰国するほど、熱心に活動しました。彼の人柄やまじめな生活ぶり、子供たちの指導ぶりが父兄たちに好評で、彼が帰国することが決まると、同地の日本人会の人がわざわざサンパウロのチャレンジ・ブラジル事務局まで足を運び、「希望者がいたら是非、後続の人を当地の日本語学校に送り出してください」と、要望されたほどです。

医学生のFくんがチャレンジャー
としてブラジルの医療事情を研修
Fくんは、増加する就労日系ブラジル人を診療することがあるかもしれないとブラジルで医療の現場を研修してきました。彼が帰国してレポートを寄せてくれました。異色のレポートです。お読みください。

★講演会の内容です

★サンパウロ支部からの報告


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